ブラック企業

2009/11/04
日々の雑感 0
周囲の同業者にそう言われてしまうような会社で働いてたこともあるPing-Keyです。
こんばんわ。

結局、労働対価としての賃金と諸々の労働環境を比したときに、労働側の理想と経営者の理想が噛み合ってない企業は、どんだけ給料が高かろうが、ブラック企業。

あくまで生活のための仕事だし、今や雇用側は数十年前のような終身雇用で個人を守ってくれるわけでもない。そんな企業に自分の全身全霊をささげる程今の労働者はお人好しじゃない。

たとえ月100万もらっても、100万に比して自分の命や心がありえないほど削れる様なことがあればブラックでしょ。それが月10だの20だののすずめの涙ならなおさら。

逆に、言えばたとえ月に1万円でも自分がやりたいことだと思える職場なら喜んで働くよ。
さすがに月1万とかは経験したことないけど、1ヶ月フルに働いても手取り月3万にならなかったPAの下積み時代はあったし、それでもブラックだとはこれっぽっちも思わなかったね。結局のところ、人間は金だけで生きてんるんじゃないってことなんじゃないか??

ブラック企業なんていう言葉の生まれた背景っていうのは、自分がどういう仕事をしたいとかの希望もなく、ただなんとなく「生活のための割り切った仕事」として就職しちゃった人と、そういう意識レベルの低い労働者を雇った経営側の「理想の労働者像」のミスマッチが発端だとおもう。

就きたい職への希望があって、その仕事に就こうと努力する人間にとっては、たとえ薄給でも残業まみれでもブラック企業なんて概念すらないはず。 言い換えれば就きたい職の希望もなく、労働者としての向上心もない労働者だからこそブラック企業なんて言葉で自分の会社を語るんだと思う。


もちろんだからといって、志ある労働者をありえないほどの薄給、ありえない拘束時間と残業で働かせるのがいいとはこれっぽっちも思わない。最近の経営者はそういう部分を吐き違えてる。労働の対価は賃金であらわすもの。対価を気持ちで払ってもらったって米粒1つだって買えないんじゃ生活できないからね。






会社を定時に帰るのは都市伝説!?驚愕の月給9,000円のブラック会社も好きな仕事は我慢?

2日、明治大学の和泉キャンパスで映画『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』のトークイベント付き特別先行試写会 明大祭が開催され、佐藤祐市監督、井手陽子プロデューサー、そして現役明大4年生の平石貴之さん、保坂美紗さんが登壇した。

 明大学園祭の一環で開催された本試写会。これから就職をする大学生を対象に実施したアンケートの結果をふまえて、「働くこと」をテーマにトークが進められた。劇中に「定時に帰るなんて都市伝説なんだよ」というセリフがあったことを受けて、「本当ですか?」と聞かれた監督は「都市伝説でしょう」とバッサリ。「自分がやるべき仕事を、自分がやるべき時間でやる。それで会社が儲かれば、そこからギャラをもらうということなんじゃないですかね。もちろん、だからってブラック企業がいいとは思ってませんけど、でも今の大学生は定時に帰ることを美しいと思っているのかな?」と現在の大学生の意識を図りかねている様子。そこで「定時に帰りたい人います?」と逆質問すると会場内からもパラパラと手が上がり、「クーッ。意外といるね!」と苦笑いをする監督だった。

 さらにアンケートの答えで多かったのが、「自分には何が向いているのか分からない」ということ。それには監督も井手プロデューサーも、「自分もそうだった」と同意していた。さらに監督は「21~22歳のときにドラマの制作会社に入ったんですけど、そこがブラック会社だったんですよ。休みもなく走り回ってて、1か月の手取りの給料が9,000円。3か月たったら上げてやるからなと社長に言われて、一生懸命働いて。4か月目にもらったのが1 万円。それから半年たつとようやく3万円になるわけ」と付け加えると、驚愕の給与体系に驚きを隠せない会場内だった。しかし「でも助監督のときに監督になりたいなと思ったらドラマが撮れるようになって。映画撮れるようになりたいなと思ってたら、映画撮れるようになって。日本アカデミー賞取れないかなと思ってたら日本アカデミー賞がとれて。何かね……幸せものですよ」と話す監督の興味深い話に、熱心に耳を傾けていた学生たちだった。

 本作は映画『キサラギ』の佐藤祐市監督の最新作。元ニートの青年が、サービス残業・徹夜は当たり前という想像を絶するブラック会社に就職し、奮闘する姿を描く。

映画『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』は、11月21日より渋谷シネクイントほかにて全国公開
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